八田家住宅

 

リビングから右手にダイニング・キッチン、左手に庭を介して工房、ピロティを望む。

歴史の中に身をおく。
大阪で作陶する陶芸家八田亨の自宅兼工房は、大阪府東南部、富田林市の寺内町内にあります。近くを流れる石川によって造られた土居(高台や堤)の上に広がる寺内町は、江戸時代の景観が残る地域であり、1997年に重要伝統的建造物群保存地区に指定され、それ以来この地域は、修景基準を満たした上で建築が許されています。修景基準には、いぶし銀瓦葺きの屋根、道路に面した部分に焼杉の腰張り、しっくい壁仕上げ、開口部は木製建具と、周囲の景観に準じて定められています。敷地はこうした伝建地区東端の土居上の傾斜地にあたり、敷地の南側に続く傾斜部には木々が生い茂り手つかずの歴史が残っていました。対照的に東側には、伝建地区とは無関係に町並みが広がっていました。

寺内町の様子。手前の石畳から伝統的建造物群保存地区内に入る。

八田亨と建築
繊細にろくろを回し線彫りした器を、薪窯の炎に委ねることで作られる、八田亨の作品の魅力は、その時の自然環境に応じた炎の状態がダイナミックに反映される点です。こうして作られた器には、一点一点違いがあり使い手の想像をかき立てられる余地が生まれるのだと思います。設計では、こうしたものづくりの理念から大きく影響を受けました。時間の堆積によって形成された寺内町の歴史や斜面地は、陶芸における炎のようなもので、抗うのではなく委ねることで、建築の自然な佇まいが生まれるのではないだろうかと。このような考えをもって、歴史と地形、そして建築の間に、どのようなものづくりと生活の場を築けるのかを考えていきました。

左:堺市の別の工房にある自作の穴窯。右:陶芸家八田亨の近作。instagram: @toru_hatta  より

地形と建築
そこで住宅は、駐車場からスロープで下った平地部分を玄関とし、フロアを段々に降りていき、合計5つのフロアを配置しました。1階の床は、玄関から階段を降りて水回りスペース、キッチンダイニング、リビングと3段下り、2階は、玄関から寝室に入り、子供室と2段下ってから、もう一つの階段でリビングに至ります。斜面地に対して大がかりな造成をするのではなく細かく段上に計画することで、基礎工事や残土の軽減につなげました。工房は、荷物の搬出入の関係で駐車場に隣接する必要がありました。しかし、この部分の地盤が弱く、工房内に重さ1tほどのガス窯を設置することもあったので、2階は耐震要素の外壁以外はガラス建具にし、1階はピロティにし軽量化を計り、地盤への負荷を軽減することで斜面に張り出して計画しました。こうして地形や斜面に対して合理的に計画した結果、元々の斜面がピロティとして残り、住宅は斜面に応じた生活空間となりました。斜面を残す事で、南側の土居と連なり、寺内町の歴史につながる奥行き深い庭となりました。

断面詳細図
斜面に沿って計画した住宅と工房。

生活・陶芸・風土をつなぐ円環動線
庭には、リビング前のデッキスペースから出て、畑や庭の手入れをした後には、ピロティ下の出入り口から洗面所に手を洗いにいくといった、内外を巡る円環状の動線を設けました。他にもこうした回遊動線は、2つの階段によって玄関から階段を通ってリビング、そしてリビングからの階段を上がって子供室、寝室、玄関へと回ることができる立体動線や、下駄箱中心に回れる玄関ホールや、四角いアイランドキッチンを中心に作業ができる小さな動線もあり、斜面に沿った立体的な生活空間の中で、大小様々な円環状の動線が重なり、多様な選択肢をもった平面計画となりました。例えば、子供室の勉強机からは父親の器を作る姿越しに、その背後には寺内町の土居の風景が見えたり、金剛山が見える工房からは、キッチンで母親と子供たちが料理をしている姿が見えたりと、家族の視線が交錯する中に、この場所の風土や、家族の成長を感じることができます。このような風土と建築に身をおくことで、陶芸家八田亨のものづくりにどのような影響が及ぶのか、設計者又は一人の使い手として、これからの活躍をとても楽しみにしています。

南側外観。手前の斜面は寺内町の土居が連続し庭の一部を形成している。

敷地北側にある路地から見る。生活道路としてアプローチとなる。

敷地南西から見る。重要伝統的建造物群保存地区の敷地に対して、その先は現在の町並みが広がる。

南側庭からの夕景。

南東からの外観。いぶし銀瓦葺き、しっくい壁、木製建具と伝建地区の修景基準を満たしている。

北西からアプローチを見る。手前の入口が住宅の玄関で、奥が工房の出入り口。

既存斜面をピロティとして残し、宙空に張り出している工房部分。

玄関正面の開口部からは、中庭を介してリビングの様子と街を一望できる。

ギャラリーを兼ねたエントランス空間。正面の下駄箱を中心に回遊できる。

コンクリート製のスクエア型センターキッチン。床は通路にかけてコンクリート平板敷。

キッチンより南側の庭を見る。右手には洗面所と浴室、ピロティの斜面が続く。

キッチンからリビングを見る。フローリング材は能登ひば材。
ダイニングテーブルは、木工家 鳥羽勅存 の製作。

廊下より中庭を見る。リビングを回り込むデッキスペースを介して、内外を回遊できる。
懐深い軒下空間が内外をゆるやかにつなげる。

斜面に沿って形成した5層のスキップフロア空間。
2つの階段によって立体的に回遊できる。

南側からリビングを見る。薪ストープは大阪河内長野にある憩暖のもの。
照明は、大阪和泉市にあるfrescoのペンダント照明。

ダイニングから南側を見る。左手ダイニング照明は、思い入れのお手持ち照明。
リビングのカーテンは、fabricscape製。

2階子供室から工房を見る。
子供室の窓際に子供4人の勉強机を設え、この場所から父親の働く様子が伺える。

子供室から寝室を見る。床が一段下がっていることで、子供室は天井の高い空間となっている。

庭に面した浴室と洗面所。

2階の工房。周囲の風景、家族の気配を感じながら製作する。

工房南側から北側を見る。

西側からの全景。庭を中心に住宅と工房がL字型に囲う。

アプローチ夕景。工房の棚に照明が照らされ、ギャラリーのような雰囲気を纏う。

建築年:2016年  /  敷地:大阪府富田林市  /  用途:工房付き住宅

構造:木造、2階建  /  敷地面積:374.17㎡  /  建築面積:99.17㎡

延床面積:130.00㎡

構造設計:片岡構造事務所  /  施工:株式会社清原工務店

photo: 新建築社写真部