新年の挨拶とご報告

住宅設計について

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は多くの出会いとプロジェクトに恵まれ、建築を通じて充実した一年を過ごすことができました。建築環境では、工事費高騰など厳しい状況が続く一方で、大阪・関西万博を契機に、建築がより身近な存在として意識される一年でもあったと感じています。

この体験を多くの人が共有できたのは、1970年の万博が単なる一過性のイベントとして消費されたのではなく、その後も継続的に私たちの生活や意識に影響を与え続けてきたからではないでしょうか。とりわけ、岡本太郎が太陽の塔で示した有機的で生命に満ちた未来像は、時代を超えて問いを投げかけ続けてきました。そうした思想に、藤本壮介さんの大屋根リングや、今回のプロデューサーたちによる各パビリオンが正面から向き合い、それぞれの形で応答していたように感じます。私たちはそれらに触れることで、万博を一つの出来事としてではなく、一人ひとりの経時的な物語として受け取ることができたのだと思います。


写真:中山台のS邸とH社 ©Tomoyuki Kusunose

さらに、SNSの普及によってローカルな出来事やニュースが日常的に共有されるようになり、テレビや雑誌を中心としたオールドメディアの価値観のもとで中央とローカルが比較されてきた構図から解放されたことで、それぞれの地域を自らの視点で捉え直し、再発見する機会が大きく広がったことも、今回の体験をより個人的なものとして受け取る背景にあったように感じています。

その場所に長く住み続けるからこそ、建築やランドマークといった都市の記憶を、自分自身の中に重ねていくことができます。そうした積み重ねによって、私たちの街への愛着は少しずつ深まっていくのだと思います。半年限りの万博の体験や、大屋根から眺めた大阪の街並み、大阪湾越しに広がる瀬戸内の風景もまた、都市の記憶として刻まれました。それらは未来的でありながら、どこかノスタルジックな価値を併せ持つ体験として、私たちの中に残っていくのではないでしょうか。

今回の万博で得た経験を、日々の生業として生み出す建築の中にどのように継承していくべきか。会期が終わってから考え続ける中で、改めて立ち戻ったのが太陽の塔でした。
岡本太郎は、近代的な成長の只中において、成長の抑制や命の尊さ、いわば縄文的ともいえる未来像を問いとして引き受け、太陽の塔をつくり上げたと言われています。その背景には、高度成長の反動として顕在化した公害や自然破壊といった問題があり、太陽の塔は、まさに「ポスト成長」の萌芽を象徴する存在でした。

こうした思考は、同時代の建築の中にも確かに現れていました。それは東京中心の建築潮流というよりも、阪神間に根ざした西澤文隆や石井修に代表されるような、建築を介して自然との共生を主題とした実践です。住宅という単体の建築において自然は隣接する環境として立ち現れますが、その環境を通して地域の風土を感じ、日々の生活の中で得られる経験が、記憶として自分自身の中に積み重なっていきます。

それはイベントとして一時的に訪れる体験ではなく、日常の中で家族それぞれが身体的に感じ取る経験の連なりです。そうした経験を住宅建築の中で丁寧に重ねていくことが、その街や都市を育んできたこの国の風土への意識へとつながっていくのだと思います。だからこそ私は、その人固有の風土感を育む建築をつくり続けることに、大きな意義を感じています。

この万博を機に考えたこと、そしてこれまでに築き上げてきた建築の質をこれからの時代の中でも継続してつくり続けるために、この度、建設業許可を取得し、設計と施工を併せ持つ組織づくりへと、改めて一から歩みを進めることにしました。そして、約20年にわたり取り組んできた「とのま一級建築士事務所」を法人化し、新たに「株式会社 Post Construction とのま」としてスタートいたしました。

Post Construction という名称には、「これからの建設・構築」というストレートな意味に加え、post を ——Path of Sensory Time ——「感性と時間の合流」の頭文字をとり、場所が持つ魅力や記憶の成り立ちへとつながる意味としています。そこに、これまで育ててきた「とのま」という言葉を合わせ、新たな名称としました。

新年のご挨拶とあわせて、ここにご報告申し上げます。
今後とも、変わらぬご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社 Post Construction とのま
代表取締役 河田 剛



«